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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)29号 判決 1956年4月30日

原告 横山隆

被告 栃木県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「昭和三十年四月三十日施行された宇都宮市長及び宇都宮市議会議員の選挙につき、宇都宮市長については宇都宮市全部における選挙の効力に関し、また宇都宮市議会議員についてはその第一選挙区における選挙の効力に関し、原告のなした訴願につき被告が昭和三十年九月二十七日なした裁決を取消す。昭和三十年四月三十日施行された宇都宮市長の選挙及び宇都宮市議会議員選挙はいずれも宇都宮市第一選挙区に属する第一開票区及び第四開票区において無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和三十年四月三十日宇都宮市において施行された宇都宮市長及び同市議会議員選挙における選挙人であるところ、右選挙は次に挙げる諸点において公職選挙法の規定に違反する事実があつたから無効である。すなわち

(一)、投票当日の午後、第一選挙区のうち(イ)、第一開票区に属する第二十一投票区の投票所(細谷小学校)において、投票の記載をする場所及びその周辺その他適当な箇所に掲示すべき同法第百七十五条の二の規定による候補者の氏名及び党派別の掲示がなく、また(ロ)、第四開票区に属する第十四投票区の投票所(東小学校)において投票の記載をする場所その他適当な箇所に掲示すべき候補者の氏名及び党派別の掲示がなかつた。

(二)、右第一開票区に属する第二十一投票区の投票所(細谷小学校)は、その地理的干係から正門から入場する選挙人は総数の僅か二割弱であるに反し、裏口から入場する選挙人はその八割強を占めているのであるから、同法第百七十三条の規定により候補者の氏名及び党派別の掲示は、これを選挙人に周知するようにつとめなければならない立法の趣旨にかんがみ、右正門入場者と裏口入場者との合流地点附近にこれをなすのが最も適当であるに拘わらず、これを無視して正門附近に掲示をした。

(三)、同法第百七十三条の規定による公職の候補者の氏名及び党派別の掲示について、その掲載の順序が投票所を異にすることに一定していなかつた。

よつて原告は右各違法の点を指摘して昭和三十年五月十日、右選挙の効力に関し宇都宮市選挙管理委員会に異議の申立をなしたところ、同委員会は同月二十五日右異議が理由がないとして異議棄却の決定をしたので、原告は同年六月七日栃木県選挙管理委員会(被告)に訴願を提起したが、同年九月二十七日訴願棄却の裁決がなされた。よつて、原告は本訴において右裁決を取り消し右選挙の無効の宣言を求める。と陳述した。(立証省略)

被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告が公職選挙法に違背するとして主張する事実中(二)の第一開票区に属する第二十一投票区の投票所(細谷小学校)における同法第百七十三条の規定による掲示を、同小学校の正門の側になしたこと、及び原告主張の異議の申立及びその決定並びに訴願の申立及びその裁決があつたことは認めるがその他の事実は否認する。すなわち、原告主張の(一)の(イ)の第二十一投票区の投票所においては、投票当日の午前六時五十分頃各投票の記載をする場所の記載台の上に、市長選挙については縦一七・九センチメートル、横二五・五センチメートルのザラ紙、市議会議員選挙については縦二五・五センチメートル、横三五・八センチメートルのザラ紙にそれぞれ候補者の氏名及び党派別を謄写印刷した掲示表を糊を以つて貼付したのであるが、午前十一時頃、宇都宮市選挙管理委員会から右掲示表の汚損を防止するためこれを投票記載所の正面に紐で吊り下げるように電話による指示があつたので直ちにその指示のとおりに掲示方法を変更した。しかしてこの間氏名等の掲示が中断されたことはない。また(ロ)の第十四投票区の投票所(東小学校)においても当日の午前六時四十五分頃右の掲示表を投票の記載をする場所の机上に画鋲を以つて貼付したが、正午頃宇都宮市選挙管理委員会から右と同趣旨の指示があつたので午后二時頃右の指示のとおりに掲示方法を変更したが、その間右掲示が中断されたことはない。また、原告主張の(二)の同法第百七十三条の規定による掲示は選挙当日だけでなく、その期日前六日から七日間引き続いて掲示すべきものであるから、その掲示場所の選定については選挙当日における選挙人の入場の状況のみを考慮すべきではなく、掲示期間を通じて、より多くの選挙人に周知されるように見易い場所を選ぶべきものであるから、本件において県道に面して最も交通量の多い同小学校正門附近に掲示したのは最も適当な措置である。なお、原告主張の(三)の公職候補者の氏名及び党派別の掲示の掲載の順序は、同法第百七十四条第三項の規定により各開票区ごとにくじを以つてこれを定め、その順序に従つて氏名等の印刷されてある短冊形の箇票を掲示板に貼付したのであつて、同一開票区内においては各投票区ともその順序は一定しておつたものである。よつて原告の請求はいずれの点においても失当である。と陳述した。(立証省略)

理由

原告が昭和三十年四月三十日施行された宇都宮市長及び同市議会議員選挙における選挙人であることは被告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなすべく、原告が右選挙の効力に関しその主張の日時その主張のような異議及び訴願をなし、いずれも原告主張の日時その主張のような決定及び裁決があつたことは当事者に争のないところである。しかして右裁決書は昭和三十年九月二十七日訴願人たる原告に交付されたものと推認しうるところ、本件訴願が右訴願裁決交付の日から一ケ月以内である同年十月二十七日当庁受付を以つて提起されたことは記録中訴状に押捺された当庁の受付印によつて明らかであるから、本訴は適法である。

よつて進んで本案について審究する。

原告主張の請求原因事実(一)の点について、公職選挙法第百七十五条の二の規定によれば、「市町村の選挙管理委員会は、各選挙につき、その選挙の当日、投票所内の投票を記載する場所その他適当な箇所に、公職の候補者の氏名及び党派別の掲示をしなければならない」こととなつているので、先ず(イ)、本件第一選挙区第一開票区に属する第二十一投票区の投票所(細谷小学校)についてこれを按ずるに、証人鈴木義次郎、同小林敏夫、同富沢長作、同佐藤英一、同桑久保久雄、同本沢辰雄、同岩上美作の各証言及び検証の結果を合わせ考えれば、右投票所においては選挙当日投票開始前午前六時三十分頃、同投票所の管理者職務代理者であつた佐藤英一が、各投票記載所の机上に、市長の選挙については半紙半折大の藁半紙に市長候補者の氏名及び党派別を謄写印刷した掲示表を、また市議会議員の選挙については半紙大の藁半紙に同様謄写印刷した掲示表を、四隅に糊を以てそれぞれ貼付したのであるが、投票開始後これにいたずら書をする者があるのを発見したので、その都度掲示表を取り代えるようにしたのであるが、掲示表には枚数に限りがあるので、これを使い尽した場合を考えやゝ困惑していたところ、午前十一時頃にいたつて市選挙管理委員会から電話を以つて、「掲示表にいたずら書が多い場合には掲示位置を変更して各投票記載所の上部正面に、投票者の眼の高さにその掲示表を吊り下げるように、」との指示があつたので、管理者富沢長作は右指示に従つて係員とともに各投票記載所の上部正面に横に紙紐を張りこれにあらたな掲示表を、上端を糊付けして吊り下げ、右作業が完了してから初めて机上に貼布してあつた掲示表を撤去し、そのまゝ投票時間終了まで異状なく右掲示を継続したことを認めることができる。証人星野マスノ、同笹沼キン子、同石渡節子、同相馬松千代、同菅沼留吉、同齊藤ユキ、同星野義男、同齊藤栄一の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし容易に措信し難く、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。次に(ロ)、本件第一選挙区第四開票区に属する第十四投票区の投票所(東小学校)について按ずるに、証人鈴木義次郎、同小林敏夫、同加藤堅吾、同緑川一男、同鈴木隆蔵、同渡辺孝作、同植田豊の各証言を合わせ考えれば、右投票所においては選挙当日投票開始前、管理者の職務代理者であつた緑川一男は係員鈴木隆蔵とともに前示掲示表を各投票記載所の机上に四隅を画鋲を以つて貼付し、午前六時四十五分頃までにこれを完了したのであるが、投票開始後、右掲示表の候補者の氏名に○印や△印などのいたずら書がなされたのを発見したので、新しい掲示表と取り代えたのであるが、掲示表は四、五枚しかないので、これを使い尽した場合を想像して困惑していたところ、午後一時から午後三時頃までの間に市選挙管理委員会から、見廻りに派遣された係員小林敏夫から、「いたずら書を防止するため、掲示表を投票記載所内の上部に吊り下げるように、」と指示されたので、その指示に基ずいてあらたな掲示表を、上端を紙紐に糊付けした上記載所の上方前面に投票者の眼の高さ程の箇所に吊り下げ、右作業を完了してからさきに机上に貼付してあつた掲示表を撤去し、そのまま投票時間の終了まで異状なくその掲示を継続したことが認められる。証人脇家利雄、同田崎富美子の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし容易に信を措き難く、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。そうすると右第二十一投票区及び第十四投票区の各投票所における右各掲示は投票開始時から終了時まで存在しており、その間中断されたことが明らかであるから、この点に関する原告の主張は採用することができない。

次に原告主張の(二)の点について、前示第二十一投票区の投票所(細谷小学校)における同法第百七十三条の規定による公職の候補者の氏名及び党派別の掲示がなされた場所が、同小学校正門の側であつたことは当事者間に争のないところである。しかして当裁判所の検証の結果及び証人富沢長作、同佐藤英一、同桑久保久雄、同鈴木義次郎、同小林敏夫の各証言並びに弁論の全趣旨を合せ考えると、次の事実が認められる。右投票所に充てられた細谷小学校はその敷地の西側が県道に接しており、その県道に向つて正門を有するのであるが、別に敷地の東側に裏口(別に門もなく、すぐ道となる)があり、裏口附近は畑又は雑木林であつて、その裏道から東方へ約八十メートル隔てたところに南北に通ずる道路があり、学校裏口からその道路までの間は幅約五メートルの私設道路によつて結ばれている。そこで、投票所に充てられた教室は校舎の東端の二室であつて、その教室は正門よりもむしろ裏口に近い場所に位置している。また右投票区に属する選挙人は多く右投票所に充てられた学校の東方に住居を有するので、選挙のため投票所にいたる選挙人は正門を通過する者よりも裏口から入場する者の方が多い。以上の事実関係において考えるに、単に選挙当日における選挙人の投票所への通行状況だけを考えれば、同条の掲示はこれを正門附近にするよりも裏口に近い箇所に設置する方が、周知の目的を達するためにより適当であると云いうるであろう。しかしながら、同条に規定する掲示は選挙当日のみならず、その期日前六日から合計七日間掲示することを要するものであつて、その掲示の趣旨は、その投票区に属する選挙人一般に対し、候補者の氏名及び党派別を周知せしめるためになすものであるから、右掲示をなす場所は右期間を通じて最も衆目に触れ易い場所を選定する必要がある。そうすると前示認定の地理的状況及び附近の交通の状態に鑑みるときは、その掲示は県道に最も近く、従つて平常時通行人の目に触れ易く、且つ投票所に充てられた建造物の正面入口である学校正門附近にこれをなすを以つて最も適当と認められる。原告が適当なりと主張する正門入場者と裏口入場者との合流する地点は検証の結果によれば裏門の近くであつて、同所は通常時には一般人の殆んど通行しない場所であると認められるのみならず、若し同所に掲示がなされたとすると、県道通行者はもとより、学校の東方の道路を通行する者もその掲示を認識することはできないから、却つてその目的を達することができない結果となるであろう。殊に前掲各証拠によると、本件選挙の前に施行された数回の選挙の際にも、この地区の投票所は前示二教室がこれに充てられたのであるが、その際本条による掲示は常に正門附近に設置されたことが明らかであつて、(証人星野晃、同笹沼キン子、同相馬松千代の各証言中右認定に反する部分は措信できない)しかも当時これがために何ら不都合の結果を生じたと認むべき事跡もなく、またこれを理由として争われた事実もない点に鑑みれば、同所が公職選挙法所定の掲示の場所として不適当であるとはとうてい認められない。よつて原告の右主張はこれまた採用することができない。

次に原告主張の(三)、の点について、同法第百七十三条の規定による候補者の氏名及び党派別の掲示の掲載の順序は同法第百七十四条第三項の規定により選挙管理委員会において開票区ごとにくじによつて定めることとなつているところ、成立に争のない乙第一ないし第四号証、証人鈴木義次郎、同小林敏夫、同稲見作次郎、同半田済、同平山熈の各証言を綜合すれば宇都宮市選挙管理委員会においては昭和三十年四月二十二日午前十時市役所正庁の間において各開票区ごとにその掲載順序をくじを以つて定め、その順序番号を候補者一覧表の上部に数字を以つて記入した氏名掲示順序表を作成し、これをザラ紙に謄写印刷(乙第一ないし第四号証のとおり)した上各投票所に配付し、各投票区の事務担当者は右順序表に従つて同月二十四日、候補者別に氏名及び党派別の印刷されてある短冊形の箇票を掲示板に貼付して掲示表を作成設置したものであることを認めることができるから、同一開票区内の各投票所における掲載順序は反証なきかぎり一定していたものと認むべきである。この点について証人塚野武道は、第十三、第十四、第二十二の各投票所においては市議会議員候補者の氏名掲載順序が一定していなかつた旨証言するけれども、成立に争のない甲第二号証、証人岩渕誠の証言によれば、右はそれぞれ開票区を異にする投票所であることが認められるから、これをもつて右認定を覆えす資料となすに足らず、その他右認定を覆えすに足る証拠はない。よつて原告主張の(三)の事実はこれを認めることができない。

以上いずれの点においても本件選挙においてその効力を否定すべき違法の点あることを認めることができないから、原告の本訴請求は失当であつて棄却を免がれない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し主文のとおり判決した。

(裁判官 岡咲恕一 亀山脩平 脇屋寿夫)

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